「古代甲斐の里」をテーマに歴史と文化を集積。ハンセン病患者救済活動に生涯を捧げた小川正子女史の記録を資料とともに展示。

<b><center>恵の鐘</center></b><br>
長島愛生園(岡山県)には患者に時刻を知らせるための「恵の鐘」が高台に設置されていた。この鐘は愛生園の恩賜記念館で展示されていた三代目の鐘を原寸で復元したものである。
恵の鐘 長島愛生園(岡山県)には患者に時刻を知らせるための「恵の鐘」が高台に設置されていた。この鐘は愛生園の恩賜記念館で展示されていた三代目の鐘を原寸で復元したものである。
<b><center>小川正子女史記念碑</center></b><br />
<font color="#ff0000">「生きてゆく日に 愛と正義の十字路に立たば<br />必ず愛の道に就け」</font>と刻まれている。
小川正子女史記念碑 「生きてゆく日に 愛と正義の十字路に立たば必ず愛の道に就け」と刻まれている。
<b><center>受付カウンター</center></b><br>
資料やパンフレット、近隣の観光情報もこちらで。
受付カウンター 資料やパンフレット、近隣の観光情報もこちらで。

「古代甲斐の里」をテーマに歴史と文化を集積。ハンセン病患者救済活動に生涯を捧げた小川正子女史の記録を資料とともに展示。

春日居郷土館・小川正子記念館

 甲斐国最古の都が置かれたといわれる春日居町。
「古代甲斐の里」をテーマに、郷土館の近くに存在していた寺本廃寺にあったとされる三重塔の復元模型をはじめとした歴史と文化に関する史料を展示しています。また、年2~3回企画展示を実施し、毎年開催されている「わが町の八月十五日展」では笛吹市内の戦没者の遺影・遺品などを千点以上展示し高い評価を得ている。
小川正子記念館は、ハンセン病患者の救済活動に生涯を捧げた春日居町名誉町民第1号の医師・小川正子女史の功績を称え、後世に伝えるべく設置された。

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INFO基本情報

名称 春日居郷土館・小川正子記念館
(カスガイキョウドカン・オガワマサコキネンカン)
電話 0553-26-5100
住所 〒406-0013 山梨県笛吹市春日居町寺本170−1
営業時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日 火曜日 祝日(こどもの日・文化の日は除く。火曜日が祝日の場合は水曜日)、年末年始(12/27~1/5)
観覧料 一般・大学生 200円(160円) 小・中・高生 100円(80円)
※ カッコ内は20名以上の団体料金
小川 正子(おがわまさこ 1902年3月26日~1943年4月29日)小川正子

明治35年(1902)、春日居村桑戸にて生まれる。

大正7年(1918)、甲府高等女学校(現・山梨県立甲府西高校)卒業。
大正9年(1920)、遠戚の樋貝詮三(元国務大臣・元衆議院議長)と結婚するも3年後に離婚。
大正13年(1924)、東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)に入学。

卒業間際に多摩全生病院を訪問したことをきっかけにハンセン病患者救済を志すことになる。

東京市立大久保病院で細菌学の研究や実習を重ね、
昭和7年(1932)、岡山県にある国立療養所長島愛生園園長光田健輔氏を訪ね医官として迎えられる。

献身的な活動を続ける一方、昭和12年(1937)、結核を発病、翌年から郷里にて静養。
同年11月、手記を一冊の本にまとめた『小島の春』(長崎書店刊)発表、ベストセラーとなり2年後映画化。
昭和18年(1943)4月、死去。

昭和59年(1984)、東山梨郡春日居町(現・笛吹市春日居町)が功績を称え名誉町民に認定。
平成3年(1991)、小川正子記念館開館。



 
TEL:0553-26-5100